異文化との出会いVol,3(プロとアマ)
「マスター、これを良く見てください」
ビルマに赴任してまもなく、住み込みハウスメイドのチクさんが
小ぶりのハンドバッグを目の前に差し出した。
彼女が何を頼んできたのか良く分からなかったが、「可愛らしいバッグだね、チクさんにお似合いだ」とりあえず、褒めてみた。
「この中身を良く調べてください。これから外出しますから」と、彼女はうちに来てから始めて見せる真剣な眼差しであった。
数日前、今度の日曜日に市場へ行きたいという彼女に、外出許可を与えていた。そして彼女は外出時の手続きとして、持ち出し荷物の点検を求めてきた訳である。 彼女の住み込み歴は3回目で、この点検はとくにここへ来る前の英国人の雇い主から、きつく厳命されたルールだったそうだ。 しかし、これは日本人の常識からすると、人権無視と言われそうだ。そこまでしなくてもという気持ちがあったが、「あとで、何かあったら困ります」と彼女に言われ、 「なかなか確りしている、良い子が見付かった」と、その時は使用人管理のひとつを実行できたと、自分を褒めた時点だった。
その後、3ヶ月ぐらい経って、娘たちの持ち物が少しずつなくなるという事態が分かってきた。 最初のころ無くなったものは、ボールペンや消しゴムだったので、学校に置き忘れたり、友達にあげてしまった、とわれわれは考えていた。 そのうち、無くなるものがレースや花柄の着いた女性の下着で、しかも同じものが何枚かストックされている品物が狙われだした。
そこで、エサを蒔いて魚が引っかかるか、娘の部屋に仕掛けを考えついた。 いつも雑然とした物が満載の勉強机の左上に、辞書、鉛筆やリボンなどと一緒に、普段使いの高価ではないが魅力的なファッションリングを二つ置いておいた。 2日経って机の上をチェックしてみると、リングが少し動いている。勿論、室内清掃はメイドの仕事だから、机の上のものが移動することは当たり前であろう。 また、2日経過して机上を眺めると、リングのひとつがリボンと一緒に机の右上へ移動していた。 さらに仕掛けて1週間目、右上のリングはまだ残っていたが、リボンは見当たらない。
これ以上この実験を進展させると、いやおうなしにチクさんを犯人にしてしまう恐れがでる。娘たちにとっても物を大切にしないという悪い習慣を矯正するチャンスかもしれない。 そこで、ここまででテストは中止した。二つのリングは机の上からカギのかかる引出しに仕舞うように娘に指示した。複数ある下着類には、マジックインクで通し番号をつけ、チクさんの前で員数を確認させた。
使用人を使った経験のない雇用主が、他人に仕えることを生業にしているプロを使いこなすのは、容易ではない。 彼らは、雇用主の使用人管理能力の力量を厳しく見抜いている。
サラダ油のボトルに毎日残量の目盛りを付けるほど神経質になることはないが、家事のルールを明示し、われわれが忘れずに監視していることを示す必要はあろう。
ある時、家内がキャベツを千切りにし瞬く間に皿いっぱい盛り上げたら
キッチンを任せているコックは驚いて「マダムは日本で、コックだったのか」と呟いたが
彼らは<管理能力に欠けていても、実行能力のある日本人>を見直してくれたかどうか
いまだに不明である。
YSKC 取締役 室 井 常 正